rain ground

2013/2/17 に開催された石狩市民体育大会フットサルの部において
見事 準優勝 を勝ち取りました!!
参加されたメンバー!すばらしい~~

 

むちゃなオジサン達は知らずにいたのである。世の中には、こんなにも Grossa の活動の再開を待ち望んでいた人がいることを...

活動再開後、わずか半年でGrossa最盛期を超える人数へと膨れ上がったのである。しかも、むちゃなオジサン世代だけでなく、30歳にも満たないジュニア世代までもが集まってきたのである。

むちゃなオジサン達は、ジュニア世代には負けん!と、雨にも風にも雪にも負けず、肉離れになろうが、骨折しようが、いっそうむちゃぷりに磨きをかけていったのである。

そんなむちゃぶりがどのようにマスコミに伝わったのかはわからないが(...タレこみか...)、STVラジオから取材を受けるという、これまた草サッカー界では聞いたこともないことをやってのけたのであった。

人々の口から Grossa の名が呼ばれなくなって2年。
ある者は野に下り、またある者は修行の旅を繰り返していた。

あのむちゃなオジサン達が、Grossa の名を再び蘇らせるべく、活動を再開させようとしていた....

世の中の景気と年齢の波に耐え切れず、A.C. Grossa Da Bezzaは、一時活動休止することを決定した。

サッカー経験はないが、サッカー好きな数名が、あの手この手でメンバー集めに奔走。 どこでどう繋がったのか、介護、医療、公務員、建築、ITなど職種もさまざま、年齢も20代から40代と広範囲をカバーするに至った。 あの手この手は人材だけに留まらず、ある地主さんからグラウンドまで借用するという、草サッカー界では考えられないホームグラウンドを持つ草サッカーチー ムが誕生した。

それにしても、よほどの暇人か私生活からの逃避か、週末には日の出とともに、草むしりに石拾いとグラウンド整備に精を出し、日が落ちるまで球を蹴る。まるで高校生の部活動のごとく、むちゃなオジサン達の挑戦が始まったのであった。

それから、2年。 市民大会をはじめ、さまざまな大会に参加して名を残していた Grossa ではあったが、世の中の景気と年齢の波は、容赦なくチームを蝕んでいった。家庭サービスに奔走する者、体力の限界を感じ去る者、転勤のため去る者と、一時 期20名を超えていたメンバーも11名ぎりぎりでの活動を余儀なくされていくのであった。